いろいろありました6

 私の中学時代は、ただ野球をして授業は聞いていないという毎日の繰り返しだった。

素行が悪い者も多く、練習中に菓子を食べたりジュースを飲んだりするのは当たり前でたばこを吸う人も多くいた。

雨が降ると紅白歌合戦と称して歌を歌う事を強要されたりした。

恥ずかしがっていてもしょうがないので明るく振舞っていたが、内心嫌で仕方がなかった。

私の学年は男子が115,6人ほどおり、そのうちの25人ほどが野球部に入部した。

最後まで残ったのは12,3人ほどで、その半分がレギュラーになれそうにないからやめていき残りの半分は上級生によるいじめにより辞めざるをえなかった人たちだった。

今考えてもひどい状態だったし、顧問の人はもっと何らかの手を打つべきだったのではないかと思う。

私が中学2年の時の2月に、もう引退していたが3年生が暴力事件を起こした事があった。

当日私は風邪をひいてしまい学校を早引きする為に歩いていると野球部の顧問の先生が血相を変えて走っていったのを覚えている。

まさかそんなことがあったとは知らずに「まあ、自分は印象が薄いから相手にされなったのだろう」と思っていた。

翌日から2日間ほど休んだ。

かなり熱がありしんどかったが、親は二人とも働きに出ていて昼間は誰もいなくなる。

もちろん部活の練習にも出る事もない、パラダイスだった。

「このまま一週間ぐらい治らなかったらいいのに」と思いながら喜んでカップラーメンを食べていると、お昼のニュースで「昨日、下関の中学校で暴力事件がありました」という。

「あほな中学校があるなぁ」と思いながらラーメンをほおばっていると、見覚えのある校門が映し出され校長がインタビューを受けていた。

その瞬間ラーメンを食べる私の手が止まった事を記憶している。

「えっ、まさか」と思うと共に自分の通う学校でこのような事があるとは思わなかった。

私が休んでいる間にマスコミが押しかけ、インタビューをされた同級生もいたし3年生は親も呼ばれて集会を開いたと聞いた。

学校に行くと「お前休んでてよかったぞ」と友達が言っていた。

2月と言えば高校入試シーズンで、事件を起こした人も高校に入れそうにないからやけになったという事だった。

「それならもっとまじめにやればいいのに、勉強もせずに部活に出ても菓子を食べたり煙草を吸っている様では行く高校などあるはずがない」

と思ったが、私も人の事を言える立場ではない事がこの時は分かっていなかった。

 

 

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