いろいろありました2

 野球ばかりをしていた。

学校から帰ると予習・復習をする事もなく父親が公園や学校の校庭まで連れていき暗くなるまで練習をした。

冬場はすぐに日が暮れるので、4時ごろから始まった練習は5時半ごろには終わったが日が長くなると7時や7時半までも練習をした。

家に帰ってからはバットの素振りを100回、200回繰り返した。

暗くてよく見えなくなると車のライトをつけて素振りをした。

手の関節の所に血豆が出来て、指をまっすぐ伸ばせなくなった。

それでも絆創膏をはって素振りをした。

すぐに絆創膏が取れてしまいそれでも練習をしていると、いつの間にか血豆の所が固くなり豆も出来なくなった。

今でもその豆の跡が残っている。

何時間も練習をしているうちに車のバッテリーが上がってしまったこともあった。

当然ながら人より勉強は出来ずに野球ばかりが上達した。

私が覚えている限りでは、野球の練習をしている間も含めて父親から褒めてもらったことがほとんどない。

よく怒る人で練習をしている間ずっと怒っていた。

その光景を見ていた近所の人が「あんなに怒らなくても」と母親に言ったそうだ。

その人からすれはその様な事をわざわざ言わなくてもいい訳だから、よほどの怒り方をしていたのだろう。

私自身も「この人は本当に自分の親なのか」と何度も思った。

あまりに頭にきたので反発したことがあった。

その時はボールを腹にぶつけられてアザが出来た。

どうも人間と言うものは自分が勉強が出来ないと子供も出来ないと思っているらしく、高校に入学した時に友人に誘われて塾に行こうとした時に講師の人から「うちは塾と部活は両立できないという考えだから野球をするのなら来ないでくれ」と言われた。

「そりゃそういわれるだろう、そんなにいい高校に行かれた訳でもないのに」と思い親に「勉強をしたいので、野球を続けない」と言ったら父親は私に殴りかかってきた。

それを止めると椅子を持って投げつけようとしてきた。

「お前は野球をやりたくないから勉強したいなどと嘘を言いよる」そう言った。

親がこの子には勉強させても出来る様にならないと思っているのだから勉強が出来なかった訳だ。

話は小学生の時に戻り、三年生の時に始めてソフトボールの試合に出た。

私はピッチャーだったが、あまりの緊張でボールが手につかずストライクがはいらずにすぐに交代した。

監督は厳しい人だったが「まあ仕方がない初めて出たんだから、なあ中村」と言ったことを今でも忘れられない。

あまりの緊張とみじめさで返事が出来なかった。

さすがにその時に父親から何か言われたという記憶はない。

 

 

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