いろいろありました5

 小学6年になり卒業が近くなると卒業アルバムの制作をする為に作文を書いたりした。

作文を書くのはよかったが将来なりたい職業を聞かれた時は「自分は勉強できないし、あまり知的な職業を言ってもなぁ」と思い、なんと答えるかかなり迷った。

頭の中では獣医師になりたいと思っていたが、「まあバスの運転手か何かにしておいてくれ」と言ったら本当にそうなっていた。

小学生の夢なのだから自分のなりたいものを言えばいいのに、それが言えなかったというのが私のその時の心境を物語っている。

この頃は現在の職業についたりするとは全く考えていなかった。

中学に上がるので、それまでしていた習い事を辞める為に先生の所にあいさつに行った。

私の思い過ごしなのかもしれないが、どの先生も親が「中学生になるので勉強が大変になるから」と言うと「そうですねぇ」と言いながら「お前の子供は勉強が出来る様になるのか」と言う目をしているような気がした。

今、思えば環境が変わるのがちょうど勉強などを始めるいいチャンスだった。

子供には何をどうすればいいのか分からないのだから親は「野球なんてしなくてもいいから勉強しろ」と言うべきだったろう。

中学の勉強ができるようになるには小学校の勉強からやり直さないといけない。

とても部活をしながらでは無理なのは分かりそうなものだった。

しかし、実際には野球をやめる事など全く考えていなかった。

野球部の練習時間は長かった。

他の部活が5時になると終わって帰宅する中、野球部だけが暗くなるまでグラウンドに残っていた。

夏休みの間もほとんど休みがなく、午後の1時半ごろから6時過ぎまで練習をしていた。

立っているだけでも暑くて汗が出る中をユニフォーム着ての長時間の練習はかなりこたえた。

くたくたで歩けず帰る時も休みながら帰った事があった。

水を飲む以外は、そうめんぐらいしか食べられないほどだった。

当然の様に勉強どころではなく、疲れてすぐに寝てしまっていた。

今考えると自分がしていたことながら、なぜこの様な事をしていたのだろうと理解できない。

部活の事が気になり勉強どころではなく、授業も上の空で聞いていた。

他の野球部の人も「学校は部活をする為と給食を食べる為に来ている」と言っていた。

授業中に居眠りをする者までいた。

私も親も言いなりになるのではなくもっと「勉強をしたい」と言えばよかった。

他の教師も野球部に勉強ができる人が少ないという事は分かっていたと思う。

監督の人に「少し練習時間を短くして勉強をさせる方がいいのではないか」ぐらいは助言する人はいなかったのだろうか。

その監督の人に気を使って言えなかったという事なら「そんなことを言うぐらいならほっておこう」と考えたという事ではないか。

中学生の子供には何も分からない。

分からないから教えてもらっている。

周りの親や教師が勉強をするように勧める様にしないと、子供の将来を左右する事になる。

当時の私の親と担任の教師、野球部の顧問はそのことがどのくらい分かっていただろうか。

 

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