いろいろありました7

 中学3年になってからは、結構一生懸命に勉強をした事を覚えている。

何とか理解できる様になりたいと思い、ノートを真面目にとったりもしたが私の頭では難しくどの教科も分からなかった。

英語は特に理解できず暗号を解読するのに等しかった。

勉強ができる人がうらやましいというより、あきらめの心境だった気がする。

進路指導の三者面談の時に担任の教師と親の表情が険しく、私自身は「まぁ、しょうがないよね」ぐらいの感じだったが「お前はどうするんだ」と言うプレッシャーと長い沈黙が続いた。

帰り道で「多分高校入試はもうどうしょうもない、でも絶対にあきらめない必ず高校に行ってからは挽回してやる」と思いながら歩いた。

案の定、希望していた高校には入れなかった。

いい高校に入れた人は、春休みの間に遊びに行ったりして楽しそうだった。

思う様な所に行かれなかった人は、遊んだりしている所を見る事はなかった。

しかし、私は遊んでいる人たちと一緒になって出来るだけ外に出るようにした。

「別に他の人に迷惑をかけている訳でもないし、この経験を忘れない為に人が遊んでいる姿を見ておこう、3年後は必ず見返してやる」と思った。

高校に通う様になっても陰鬱な気分のままで通学路につつじの花がきれいに咲いていたが、そのきれいさが「入学おめでとう」と言っている様で嫌味にしか思えなかった。

親を説得して野球をせずに塾にも通って勉強をした。

だが、高校の勉強は難しく今まで勉強していない人がすぐに分かる訳がなかった。

夏休みの間に小学校の教科書からすべてをやり直した。

英語の意味の分からない単語は、すべて書き出して辞書で引いた。

何とか大学に行きたいという一心だった。

しかし、思う様に成績は伸びなかった。

時々それなりの結果を出せるものもあったが、総合点で見ると散々な結果だった。

「何年も勉強してきた人にそんなに簡単に追いつける訳がない、時間がかかるのは仕方がない」と思った。

1年生の時の2学期の期末テストだったと思うが、国語の成績が良く学年で7番になり参観日でそのことを聞いた親が喜んで電話をしてきた。

なぜ親の方が先に国語の点数を知ったのか今となっては不明だが、たぶんそんなに期待していなかったので見もしなかったのだろうと思う。

私も「本当!」と言って驚いた。

いかに出来が悪かったかがうかがい知れるが、「なんとなかるのかもしれない」と思えるきっかけになる出来事だった。

それまでとは違う張り合いが出てきたと共に、勉強時間を増やしてみようと思った。

 

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