STAP細胞

 「STAP細胞はあります」と小保方晴子さんが言ったのが2014年の1月月末の事なのでもう5年前になろうとしています。

最初に発表された時にはマスコミは大騒ぎで、小保方さんは一躍時の人になり家族構成を報道したり友人が出てきて「学生のころから研究熱心でいつかはすごいことを成し遂げるんじゃないかと思っていた」と話していました。

しかし、その数週間後には論文の不正が発覚して事態が一変しマスコミは小保方さんを批判し始め始めます。

「STAP細胞など存在しない」「研究内容を記してあるノートのメモが雑であいまい」などそれまでの賞賛が嘘のような手のひら返しでした。

この騒動の中の8月、自ら命を絶った笹井芳樹理化学研究所副センター長の姿が発見されました。

小保方さんに向けた遺書もあったとされています。

笹井副センター長は、STAP細胞の検証実験がうまくいかない事に悩んでいたと言われています。

また一説には京都大学IPS細胞研究所所長山中伸弥教授への対抗心もあったとされています。

笹井副センター長は再生医療の第一人者で、研究者としてトップを走り続けてきたのは山中教授ではなく笹井氏でした。

しかし、その状況はIPS細胞の発表で逆転します。

山中教授の研究に予算が集まることになり、自分の研究予算が削られるのではないかと言う焦りがあったとされます。

会議の中で笹井氏は山中教授にばかり優遇される状況に異議を唱えています。

いかに山中教授にライバル心を持っていたのかが分かる話です。

「山中教授に負けたくない、後れを取ってはいけない」と言う焦りが不完全であるSTAP細胞を一発逆転の魔法のように考えてしまったのかもしれません。

「笹井氏ほどの人がSTAP細胞の危うさを見抜けなかったはずがない、全てを投げうってでもSTAP細胞に賭けてみたいと思ってしまったとしか思えません」と笹井氏の知人は語っています。

確かに私とはレベルが違う話ですが人間追い込まれると、そんな方法あるはずがないとわかっていながら「何とか逆転できるやり方がないか」と考えるのは理解できるような気がします。

小保方さんは「200回以上も実験に成功している」「望まれればどこででも再生実験をする」としながら再生実験への参加が決まっても「勘を取りもどす」「時間が必要」と言うだけで再生実験を始めませんでした。

あと一回STAP細胞の再生実験が成功していれば、日本の最高頭脳が失われることはなかったという事でしょうか。

 

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